βカロテン、ビタミンC豊富なズッキーニが変身。美と健康のために編み込んだ坂井宏行シェフの一皿は懐石料理がヒントに!

シェフ / 坂井 宏行

2023-04-13

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フレンチレストラン「ラ・ロシェル」のオーナーシェフを務める、フレンチの巨匠・坂井宏行氏。長年、第一線で活躍し続ける坂井シェフですが、40年以上作り続けている、愛すべき一皿があります。「ラングスティーヌのクルージェット包みコキアージュソースで…」、その誕生の経緯や作り続ける想いを伺いました。(聞き手・酒井明子)

「懐石を学んだことがいきている」「料理は足し算ではなく引き算も必要」など印象的な言葉が多い。

目次

きっかけは懐石料理からの発想

日本でのフランス料理の第一人者として知られるシェフ・坂井宏行氏。その強みはフランス料理人でありながら、懐石料理を学んだことです。20代の頃に「味吉兆」をはじめ、数々の名店で修行をしました。その坂井シェフだからこそ生まれた一皿が、「ラングスティーヌのクルージェット包みコキアージュソースで…」です。

「このメニューが生まれたのは40年以上前。ヒントとなったのは、懐石料理はよく見られる市松模様です。懐石料理を学んだからこそ、思いついた一品だと思っています」

市松模様からヒントを得た「ラングスティーヌのクルージェット包みコキアージュソースで…」

市松模様を作り上げているのはクルージェット(ズッキーニ)です。他にもキュウリ、ニンジンなど様々な食材で試した末、クルージェットがしっくりくると探り当てました。厚さも薄すぎると食感がなくなるため、ある程度の厚みを残しつつ7本×7本を互い違いに編み込んでいく、非常に手間のかかる料理です。1本ずつ編み込むのはとても大変な作業です。

「以前、店の25周年パーティーのときに、400人分を作ったことがありました。30人くらいで分担しましたが、それでも根気のいる大変な作業でしたね(笑)」

竹串を器用に使い、1本1本丁寧に編み込んでいく。

中に包まれているのは、ラングスティーヌという手長エビ。クルマエビやホタテも試しましたが、蒸したときに締まりすぎるなど、食感がクルージェットと合わなかったそう。口の中に入れたときのプリッとした食感は、手長エビだからこそ実現できたものだといいます。

「ラングスティーヌといっしょに包むソースは、ホタテをムース状にしたもの。ホタテは手長エビと食感が似ているため、相性が非常にいいです。また蒸した後にトッピングしているトマトは、70〜80度のオーブンで3時間ほど焼いて水分をとばしました。一粒に甘みと酸味がギュッと凝縮されていますよ」

お皿に広がったバジルが香るソースには、アサリのジュレやバターを使っています。甘味があるため、口に入れたときにトマトが非常に良いアクセントに。仕上げにカリカリ食感のリゾットを敷くことで、口の中でさまざまな食感を楽しめるように仕上がっています。

焼きトマト、カリッと焼いたリゾットなど様々な旨味がこの一皿を作り上げている。

料理を完成させるのは自分なりのエッセンス

「ラングスティーヌのクルージェット包みコキアージュソースで…」は、様々な食材がバランスよくミックスされたことで出来上がった一皿ですが、坂井シェフいわくなんでも足せばいいわけではないそうです。

「納得する味にならないといって、料理人というのは調味料や別の食材などをついついプラスしがちです。でも大切なのは足し算ではなく引き算、つまりマイナスしてみる勇気。そうすることで味が決まることもあります。このメニューではラングスティーヌの味つけはシンプルに、ハーブ、塩、コショウのみ。そのおかげでエビの素材の味が、しっかりと引き立っています」

アーティスティックなヴィジュアルのため、お客さまからは「食べるのがもったいない!」という声もあります。坂井シェフは「でも食べてもらうために作ったのだから、温かいうちに召し上がってもらいたい」と話します。

「料理は嗜好品で、美味しさに方程式はありません。味だけでなく食感、香り、季節感などを含めて、美味しさが決まると思います。たとえこのレシピを他の人が作ってもただの真似。最後に自分らしいエッセンスを入れることで、料理が完成するのです」

もちろんお客さまに新しいメニューを提供することも大切です。ただ同じ料理を40年以上作り続けることもパッション。誰にも真似できない、坂井シェフを象徴する一皿になっています。

道具への愛が最高の一皿に繋がる

さて、最後にもうひとつ坂井シェフから伺った逸話を紹介しましょう。

料理人にとって欠かすことのできない、愛用の調理道具。坂井シェフもいまでこそ「料理人は道具を大事にしないダメだと」と話していますが、若い頃は師匠の大切な道具をぞんざいに扱い、怒られたこともあったそうです。そんな坂井シェフが、思い入れがあって大切に使ってきたのが1本のナイフです。

「このナイフは料理人になって初めての給料で買ったもの。大切に何度も研いだため刃は短く、磨いたことで柄も細くなってしまいました。それでも私にとっては思い出深い調理道具ですね」

伺うと買ったときには刃の長さは20センチ以上あったそう。研ぎを重ねて半分以下の長さに。

長年愛用していたこのナイフも現在では使わないので、錆びないように鏡面仕上げをして、自宅にディスプレイしているそうです。道具を大切にすることは基本。切れないナイフではそれなりの料理しか作れず、段取り良く美味しい料理を作るためには、しっかりと手入れをして大切にすることが大事。それが最高の一皿に繋がるかもしれません。
Text/Akiko Sakai Photos/Kazuya Furaku

今回紹介した坂井宏行シェフの代名詞ともいえる一皿は栄養面でも優れる。クルージェット(ズッキーニ)はβカロテン320μg、ビタミンC20mgを含む(生・可食部100gあたり)。βカロテンは活性酸素の発生を抑え、ビタミンCには抗酸化作用がある。また葉酸も36μgが含まれており、レストランウェディングでも供されるこの料理には、新郎新婦の健康を願うシェフの思いも込められている。

*参照 文部科学省┃日本食品標準成分表2020年版(八訂)

レストランデータ

店名/ラ・ロシェル南青山(公式サイト
住所/東京都港区南青山3-14-23
Tel/03-3478-5645
営業時間/ランチ・12:00~14:00(L.O.)、ディナー・18:00~20:30(L.O.)
定休日/月曜日、火曜日(祝日を除く)

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この記事を書いた人

フレンチレストラン「ラ・ロシェル」オーナーシェフ。1942年、鹿児島県出身。17歳でフランス料理の修業を始め、19歳で単身オーストラリアに渡り1年半の修行の後、帰国。都内のレストランにて修業を経た後、1980年、38歳で独立し、フランス料理店「ラ・ロシェル」をオープン。1994年からテレビ番組「料理の鉄人」にフレンチの鉄人として出演し、「完全なる料理の鉄人」では最強鉄人になる。以来、日本のフランス料理の第一人者として幅広い分野で活躍を続け、2005年にはフランス共和国より『農事功労章シュヴァリエ勲章』を受勲。2021年文化振興の功績を認められ、文化庁長官勲章受賞。現在、国内外でのイベントや調理師学校にて特別講師をつとめ、後進指導育成に力を入れている。

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