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2022.10.18

VR(仮想現実)とメタバース(仮想空間)が変えた医療の現場、そして未来。~その④医療情報の分散化によるWell-beingとSurgery 3.0

医師・医学博士/杉本真樹

医師・医学博士/杉本真樹

現在、VR(=Virtual reality:仮想現実)技術とメタバース(仮想空間)の医療への応用が進んでいます。VRとメタバースが医療の現場にどのように役立っているのか。そして将来、どういった形で日本の医療を変えていくのでしょうか。外科医であり、VRとメタバースを活用した医療情報システムを開発したHoloeyes株式会社の創業者でもある杉本真樹医師にお話をうかがいました。(聞き手・前田成彦)

現役外科医、そして医療ベンチャーCEOとして多忙な日々を送る杉本医師。

徐々に取り払われる壁

ここまで3回にわたった杉本医師へのインタビューで、VRとメタバースを活用した最新医療の概要や現状についてお伝えしてきました。では、今後、Holoeyesの提供する医療情報システムはどのように発展、そして活用されていくのでしょうか。まず将来のために、杉本医師は次代を担う若い医師に触れてもらう機会をさらに増やしたいとしています。

「このインタビューの前にも他の病院の手術に入り、若い医師に実際にゴーグルを装着し、VRアプリを試してもらう機会がありました。インターネットなどで得た情報としてVRや3D画像がどういうものかというイメージはあっても、やはり実際に試すのが一番、理解できます。そうやって最初にきっかけさえつくってあげれば、今の若い人たちは、その後は自分で考えて先に進んでいきます。実際の治療や手術では何ができて、どう使うのかというフォローは必要ですが、まずは試してもらうこと。それが次の段階につながっていくと考えています」
現役外科医、そして医療ベンチャーのCEOとして多忙な日々を送る杉本医師。こうした普及に関する時間を設けるのは大変なのではないでしょうか? と、水を向けると、杉本医師はこう答えました。

「私だけが使い方や実例を教えたり、伝えたりするのではなく、使用中のユーザーが他の医師に教えられる、そういう仕組みができればと思っています。実際、今も月に1回、ユーザーミーティングを開いていて、そこでは整形外科、脳外科、放射線技師などいろいろな科の人たちが集まり、発表を行っています。その様子はビデオでアーカイブされていて、もう、かなり大きなライブラリーになっています」

前回までのインタビューで「大小の壁があり、意外と閉ざされた世界」であることが日本の医療の問題としてあげられていました。しかし、こうした科を越えたユーザーミーティングが開かれるなど、Holoeyesの医療情報システムは一歩ずつ日本の医療に変化をもたらしているように感じられます。

自分の健康に興味と責任を

杉本医師が変えようとしているのは医療の中の世界だけでなく、そこを飛び出し私たちの生活様式にも及びます。杉本医師の理想は「医師のいない世界」だそうです。いったい、どのような意味なのでしょう。

「実は病気にかかり、医療が必要な人の全人口に対する割合は、ごくわずかです。医師というのは病気にかかった人しか診ていないわけで、人が病気になるのを待っている状態です。それよりも医師というのは多くの人が病気にならないこと、病気の根絶の方を考えるべきなのです。それこそ医師のいない世界にすることがベストです。もちろん現実的には難しいことです。遺伝性の病気や外傷への対応などが必要なので、医師という存在がなくなることはありません。でも、医療を理解しているわれわれ医師こそ、病気にならないためにはこうしましょう、病気になる可能性がある習慣はやめましょうと世の中に対し、啓蒙していくことが求められます。それで、健康な人たちが自分自身で体のことを考え、自分の健康に対し興味、そして責任を持つようになるのがベストだと思っています。それが病気の予防につながると考えます」

杉本医師は、VRやメタバースといったデジタルテクノロジーを通じ、健康な人たちも医療をもっと身近に感じてほしいと考えています。それが病気を防ぐための第一歩だ、と。一例として健康診断をあげました。
「今は健康診断のデータは紙で受け取ることがほとんどです。いろいろな数字が書かれていますが、医師から説明を受けてもなかなか自分のこととして理解する人は少ないのではないでしょうか。これをゆくゆくは3D化して見せられるようになったらどうでしょう。たとえば肝臓に関して良くない値が出ていたとします。実際にVRなどで肝臓の3D画像を見ながら説明を受ければ、『今はこういう状態です。そしてあと何年、お酒を飲み続けたらまずいことになりますよ』という言葉がよりリアルに感じられるのではないでしょうか」

確かに毎年、健康診断を受けている筆者も思い当たることばかりです。紙でデータを見せられてお医者さんから「気をつけてくださいね」と言われても、どこか他人事に感じていたものです。それが「これがあなたの肝臓の今の状態です」とリアルな3D画像をゴーグルなどを介して目の前に浮かべられ、そして「今の生活を続けると将来はこうなります。ならないようにこうしましょう」と説明を受ければ、自分事として実感できることでしょう。
さらに杉本医師はこう付け加えました。

「そうした自分のデータがスマホに保存できたら、今度はそのデータを家族や友人に見せたくなります。そうやって全員が自分の健康状態をリアルに把握し、医師や家族、友人などと情報を共有する。病気や治療の体験は共有したくても、これまでは共有する方法がありませんでした。しかし、デジタルテクノロジーによってそれが可能なところまで時代は進んでいます」

「患者医療情報は、メタバースやXR(VR/AR/MR)、AIなどのオープンソースをベースとした共有が進み、その所有権は中央集権的な企業から個人へ分散し、オープンコミュニティによって維持させ、より患者中心へと医療を革新すべきであると考えています。これを"WEB 3.0"にちなみ"医療3.0"と呼んでいます。医療を解放するという構想です。私は外科医として、外科の領域でこれを"Surgery 3.0"と呼んでいます。デジタルと分散による外科医療の解放です。メタバースやXRによる手術支援や遠隔ロボット手術、バーチャルカンファレンスはまさに"Surgery 3.0"という、外科の新時代を作り上げています」

では、杉本医師の思い描く新時代の健康とは?

「世界保健機関(WHO)憲章の前文にあるように、健康とは、病気かどうかではなく、肉体的、精神的、社会的にすべて満たされた状態にあることをいいます。単に病気ではない状態であるヘルス(健康)を基盤として、さらに豊かな人生を実現する"ウェルネス"という生き方を目指すべきです。医療情報の分散により、社会が医療を担う、医療の民主化が、既に始まっています」

もともとは杉本医師が自身の手術に役立てるためにと考えたVRアプリは、やがて他の医師たちにも評判が広がり、それは医療ベンチャーの起業につながりました。そして今、その波は患者、そして健康な人々へ、つまり医療の外の世界へと広がっています。杉本医師が先鞭をつけたデジタルテクノロジーと医療のコラボレーションが、これまで積み上げられてきた伝統と有機的に融合して、身体だけではなく、精神面・社会面も含めた新たな健康社会"Well-being(ウェルビーイング)"へ、日本を導いていくことでしょう。
(この項・完)

Text/Naruhiko Maeda Photos/Kazuya Furaku, Maki Sugimoto, Holoeyes
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医師・医学博士/杉本真樹

医師・医学博士

杉本真樹

帝京大学冲永総合研究所 Innovation Lab 教授。Holoeyes株式会社 代表取締役CEO 共同創業者。 1996年、帝京大学医学部卒。帝京大学 肝胆膵外科、国立病院東京医療センター外科、米国カリフォルニア州退役軍人局Palo Alto病院 客員フェロー、神戸大学大学院消化器内科 特務准教授、国際医療福祉大学大学院 准教授を経て現職。医用画像解析、XR (VR/AR/MR)、メタバース、手術支援、低侵襲手術、手術ロボット、3Dプリンタ臓器モデルなど、最先端医療技術の研究開発と医工産学官連携に従事。医療関連産業の集積による経済活性化、科学教育、若手人材育成を精力的に行っている。

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